東京高等裁判所 平成3年(ラ)428号 決定 1991年12月03日
抗告人
株式会社アイチ
右代表者代表取締役
市橋利明
相手方
株式会社瑞穂
右代表者代表取締役
林義昭
主文
原決定を取り消す。
理由
一本件抗告の趣旨は、主文同旨の裁判を求めるものであり、その理由は、別紙「執行抗告理由書」記載のとおりである。
二当裁判所の判断
1 抗告人は、大宮市長が本件競売手続において平成三年三月一八日付税収発第二二二号をもって交付要求した相手方に対する租税債権のうち、①年度平成元年、通知書番号〇八―九〇五四三〇―〇、法定納期限昭和六二年一月四日の法人市民税六三二万〇七〇〇円、②年度平成元年、通知書番号右同番、法定納期限昭和六三年一月四日の法人市民税一億一八七七万八六〇〇円及び③年度平成二年、通知書番号右同番、法定納期限昭和六四年一月四日の法人市民税一億〇一五六万三六〇〇円の租税債権は、いずれも相手方に対する法人税の税額を課税標準として課する市民税(法人税割)であるところ、同税は、原因となる法人税の存在を要件とし、これが存在しないときは、市民税の納税義務はないのであるから、みなし税に過ぎないこと及び相手方が右法人市民税を滞納していないことから、交付要求は、違法であると主張する。しかしながら、法人市民税のうち法人税割は、課税標準となる法人税額が税務署長による更正又は不服申立てや訴訟等についての裁決や判決によって減額される余地があるが、そのような事情のない以上、相手方に対する法人市民税の徴収権者である大宮市長は、相手方の法人税の税額に基づいて算定した法人市民税の全額について交付要求をすることができるのは当然である。本件記録上、相手方の法人税が減額されたことや相手方が大宮市に対して右法人市民税を納付したことを認めるに足りる資料はないから、これらの点に関する抗告人の主張は、理由がない。
2 また、抗告人は、大宮市長が長野地方裁判所佐久支部平成三年(ケ)第七号不動産競売事件にも本件と同様の申立てをしており、本件、右事件ともに無剰余による却下となる可能性があり、そうなっては、抗告人の担保権者としての地位が無意味となると主張する。本件記録上、抗告人主張のように、大宮市長が他の不動産競売事件にも本件と同様の申立てをしているかどうかは明らかではないが、仮に、抗告人主張のとおり、大宮市長が他の不動産競売事件において同一債権を優先債権として交付要求をしていたとしても、当該債権につきその手続においてどれだけの配当を受けられるかが不確定である以上、本件競売手続においては、そのような事情を考慮することなく、交付要求にかかる債権が民事執行法一八八条により準用される同法六三条の剰余の有無の判断の対象となる優先債権であるかどうかを判断して、手続を進行せざるを得ないから、抗告人の右主張も理由がない。
3 ところで、職権で検討するのに、本件記録によれば、原裁判所は、別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)の最低売却価額が一億三三二八万円であるところから、手続費用及び差押債権者である抗告人に優先する債権の額三億四七九五万円(見込み)を弁済して剰余を生ずる見込みがないことを理由として本件競売の手続を取り消したこと、右抗告人に優先する債権の中には、前示①から③までの大宮市長の租税債権及びそれらの延滞金合計三億三八五一万〇〇一二円が含まれていること、右①の租税債権は、相手方の昭和六〇年一二月二三日から昭和六一年一〇月三一日までの事業年度についての法人市民税(法定納期限昭和六二年一月四日)について、相手方が確定申告に対する修正申告を平成二年一月一八日にしたことにより発生したものであり、右②の租税債権は、相手方の昭和六一年一一月一日から昭和六二年一〇月三一日までの事業年度についての法人市民税(法定納期限昭和六三年一月四日)について、相手方が確定申告に対する修正申告を平成二年一月一八日にしたことにより発生したものであり、右③の租税債権は、相手方の昭和六二年一一月一日から昭和六三年一〇月三一日までの事業年度についての法人市民税(法定納期限昭和六四年一月四日)について、相手方のした確定申告に対し、大宮市長が平成二年一一月三〇日に更正をしたことにより発生したものであること(右の法人市民税に関する経緯については、大宮市長の平成三年八月二六日付け回答書参照)が認められる。
ところで、本件記録上、右各修正申告又は更正が相手方の法人税についての修正申告又は更正若しくは決定が行われたことに基づくものであるかどうかは明らかではないが、そうである場合には、地方税法一四条の一〇、同法一四条の九第二項一号の規定によれば、法人税の課税に基づいて課する市民税の法人税割とこれにあわせて課する均等割は、当該法人税の国税徴収法一五条一項に規定する法定納期限等が抵当権の設定よりも前であるときに限り、抵当権に優先するものとされ、また、国税徴収法一五条一項一号は、法定納期限後にその納入すべき額が確定した国税は、その更正通知書若しくは決定通知書又は納税告知書を発した日(申告納税方式による国税で申告により確定したものについては、その申告があった日)を「法定納期限等」と定めていることから、ある事業年度における法人税について法定納期限後の修正申告又は更正若しくは決定があった場合は、修正申告等にかかる法人税についての「法定納期限等」は、当該事業年度における法人税についての法定納期限ではなく、修正申告がされた日又は更正若しくは決定についての通知書等が発せられた日となり、その結果、右修正申告等にかかる法人税の課税に基づいて課する市民税の法人税割とこれにあわせて課する均等割は、右法人税についての修正申告がされた日又は更正若しくは決定についての通知書等が発せられた日と抵当権の設定登記との前後により、当該抵当権との優劣を決することとなるものというべきである。そして、本件記録によれば、抗告人は、相手方から平成元年五月二五日に根抵当権の設定を受け、同日その登記をしたことが認められ、また、地方税法三二一条の八第八項、国税通則法三五条二項の規定からすれば、相手方の昭和六〇年一二月二三日から昭和六一年一〇月三一日までの事業年度及び昭和六一年一一月一日から昭和六二年一〇月三一日までの事業年度についての法人税の修正申告がされた日又は更正若しくは決定についての通知書等が発せられた日は、相手方が右各事業年度についての法人市民税の修正申告をした日である前述の平成二年一月一八日から一箇月以上を遡ることはないものと推認され、また、相手方の昭和六二年一一月一日から昭和六三年一〇月三一日までの事業年度についての法人税の修正申告がされた日又は更正若しくは決定についての通知書等が発せられた日も、前年度分に関する右の修正申告がされた日である平成二年一月一八日から一箇月以上を遡ることはないと推認され、①から③までのいずれの租税債権(その延滞金も含む。)も、抗告人の根抵当権に優先するものではないといわなければならない。
また、仮に、①から③までの租税債権の原因となった右各修正申告及び更正が、相手方の法人税についての修正申告又は更正若しくは決定に基づくことなく、なされたものであったとしても、地方税法一四条の一〇、同法一四条の九第一項一号の規定によれば、法定納期限後にその納付し、又は納入すべき額が確定した地方税は、その納付又は納入の告知書を発した日(申告により税額が確定されたものについては、その申告があった日)を「法定納期限等」とするものとされていることから、右修正申告等にかかる法人市民税は、当該事業年度における法人市民税についての法定納期限ではなく、修正申告のされた日又は更正の通知書が発せられた日が抵当権の設定よりも前であるときに限り、抵当権に優先するものである。そして、法人市民税の修正申告があった日が平成二年一月一八日であり、また、法人市民税の更正の通知書を発した日が平成二年一一月三〇日であるところ、抗告人の根抵当権の設定及び登記は平成元年五月二五日にされていることから、①から③までのいずれの租税債権(その延滞金も含む。)についても、抗告人の根抵当権に優先するものではないといわなければならない。
してみれば、いずれにしても、大宮市長の右①から③まで租税債権(その延滞金も含む。)は、差押債権者の債権に優先する債権として扱うことができないものである。そして、これを前提とすると、本件においては、手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権額は、九四四万円程度であると見込まれるから、本件不動産の最低売却価額から右優先債権額のすべてを弁済しても、なお剰余の生ずる見込みがあることは明らかである。
4 よって、本件不動産に対し競売の手続を取り消した原決定は不当であるから、これを取り消し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官橘勝治 裁判官小川克介 裁判官南敏文)
別紙物件目録
所在 埼玉県川口市戸塚東二丁目
地番 二一番三
地目 宅地
地積 439.87平方メートル
別紙執行抗告理由書
抗告の理由
1 抗告人の優先債権とされている平成三年三月一三日付大宮市よりの交付要求(三税収発第二二二号)のうち、下記三つの通知書番号による法人税は現在のところ確定されておらず、みなし税であることが判明した。すなわち原因となる国税のほうが存在しないことが判明した場合には下記三つの通知番号による法人税は存在しない。よって存在しないみなし税を優先債権として交付要求に組み入れていることは租税法律主義に反し違法である。上記のことは大宮市税務課の担当者は承知のうえである。その為大宮市としては本件競売に変わって公売をする意志もない。
通知書番号 税額 法定納期限
①08-905430-0 6,320,700. S62.1.4.
②08-905430-0 118,778,600. S63.1.4.
③08-905430-0 101,563,600. S64.1.4.
2 上記大宮市の交付要求は長野地方裁判所佐久支部平成三年(ケ)第七号不動産任意競売事件(申立人株式会社アイチ、債務者兼所有者株式会社瑞穂)にも同様になされている。しかるに当該競売に於いても無剰余の可能性があり、申立債権者としては両競売事件が無剰余却下になる可能性がある。これでは申立債権者は担保権の実行が実質上出来なくなり債権者の最後のよりどころとしての強制執行法が無意味なものとなり違法と考える。
3 さらに本件大宮市の交付要求において上記三つのみなし税は現在滞納の状態にはなく、「滞納にある税金に対して交付要求ができる。」との原則に反するので本件大宮市の交付要求は違法である。
4 よって抗告人に優先する上位債権合計額は一二一、二八七、一〇〇となり最低売却価格は一三三、二八〇、〇〇〇円なので剰余がでることを抗告人は上申書にて疎明しましたが浦和地方裁判所は平成三年七月一日に抗告人が疎明しなかったとの理由で無剰余却下の決定を下したことは違法である。